弦楽器の空間を考える1・・・サラサーテ「響きと部屋6」の記事紹介
弦楽器専門誌『サラサーテ』に掲載している 楽器空間を考えるシリーズ。
「響きと部屋」をご紹介します。
せきれい社『サラサーテ』Vol.51より
「響きと部屋 (6)」 松本卓以さん(チェリスト)&宮崎由美香さん(フルーティスト)
楽器を演奏する部屋に求められるのは、今や防音対策だけではない。プロの音楽家にとっては切実な問題なのは“響き”だ。チェロの松本卓以さんと、フルートの宮崎由美香さん夫妻は、2012年春に家を新築。その際に理想的な練習室を作りあげた。そこに至るまでの2人のこだわりの数々を今回、お聞きした。
開口部が大きくとられた窓。一部開閉可能
●響きの経験なくして響きを味方にできない
松本さんも宮崎さんも、もともと部屋の響きについては関心が高かったという。
「特にチェロの倍音は吸われてしまいやすいのかもしれませんが、一般的な防音室は音の響きを止めてしまうので、息苦しさを感じていました」
「フルートは楽器そのものではなく、空間を響かせるものなので、響きのない部屋で吹いているととても疲労します。ドイツの先生の部屋がよく響いていたのを思い出しました」
また、2人ともコンサートホールで演奏する機会も多いから、さまざまな響きを経験している。
「練習場所の音響が本番のコンサートホールと違い過ぎると、音作りはうまくいかない」
と、口をそろえる。また、松本さんは、響きを味方につける演奏は、響きの中で演奏した経験から生まれてくるものだと考えている。
「豊かな響きの中でこそ、自然な奏法が確立できる。ですから何としても自分の練習室 は響きのある部屋にしたいと思っていました」
明り取りの小窓。作りつけの小机も活用されている
●空気の循環と防音が矛盾することなく共存
新築の一戸建てを購入することにして探し出したのは、屋根の熱を利用して家全体の空気を循環させるシステムを持った家。しかしこの中に防音の部屋を作ることができるのか、という問題が生まれた。インターネットで検索し、何件も問い合わせる中で出会ったのがアコースティックデザインシステムだった。
「この家に防音室を作れ、そして建築業者ともやり取りをしてくれる、ということで願ったり叶ったり。妻とも本当によかったと話しています」
2人で東京・九段下の同社のショールームにも行き、防音しながらも豊かな響きをもった部屋を「体感」した。
「チェロにはエンドピンがあるために床材も気になるところですが、さまざまな木材で試し弾きさせてもらって決めることができました」
立って演奏するフルートのために床を下げて天井高を確保。7畳弱の部屋に広がりをもたらす大きな窓を作り、以前から持っていたCDラックを壁にはめ込み、とさまざまな工夫も凝らされた。吸音仕上材を必要最小限しか使用しないという同社のポリシーから、この部屋では全く使われていない。楽譜棚による吸音があるのみだ。同社との綿密な打合せを通して松本さんの思いは見事に実現しているようだ。
「僕のいちばんのこだわりは、壁紙ではなく漆喰にしてもらったこと。費用は少々かかりましたが、響きも良くなり、湿度も調整され、と大きな効果があったと思います」
チェロは倍音をまとい、フルートは空間の響きを身につけた。
「心地良い響きの中でチェロが気持ちよく弾けるので、最初のうちは外に音が漏れていないかと心配でした。でもそれはまったくの取り越し苦労」
意地悪な耳で聴いても、外からだと気にならない。他家から漏れてくるテレビの音の方が、耳障りかもしれない。
「夜中でもピッコロが吹けたのは、嬉しい驚きでした。ヨーロッパの家の響きみたいで、練習が楽しいんですよ。また、響きがあると、フルートで音色を追求したくなります。音楽的に深いところまで入っていける。生徒にも、音色を変えてみよう、と指導できます」
音楽室の空気も循環しているので、暖房中でも乾き過ぎない。夏はさわやかな涼しさがもたらされたという。松本さん夫妻の家、そして音楽室となった。
「部屋そのものが楽器のよう。アコースティックデザインさんとともに、部屋という名の楽器を作り上げた感覚です」
空気の循環システムのための通風孔
<プロフィール>
Takui Matsumoto
1973年生まれ。東京藝術大学大学院修了。在学中に「福島賞」を受賞。2001年から同大学管弦楽研究部講師、02年~08年までピアノ科演奏助手を務める。ソロ、室内楽、オーケストラ奏者として活躍する一方、バンドネオン奏者の小松亮太とも共演を重ねている。チェロをヴァーツラフ・アダミーラ、河野文昭、北本秀樹らに師事
Yumika Miyazaki
東京藝術大学大学院修了。2004年日本木管コンクール第2位、05年日本フルート・コンベンション・コンクール第2位、日本管打楽器コンクール第2位入賞。尚美ミュージックカレッジ講師。フルートをパウル・マイゼン、中野富雄、金昌国らに師事
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