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2013年6月19日 (水)

オーディオルームづくりはインフラづくりである

インフラとしての室内音響防音工事

オーディオルームづくりはインフラづくりであると考えられます。
先ず音楽再生音量は個人差があるにせよ音楽に合った音量が必要であり、それらの音量は生活音よりも確実に例外なく大きいことです。
したがって、普段は何不自由なく暮らしている生活空間にオーディオ環境を持ち込んだ場合、多くの場合望む音量を制限せざるを得ない状況がしばしばこっているのではないでしょうか。
音楽再生適性音量は決して実音と同じということはなく、多くはマイナス10~20デシベルぐらいあたりの音量が良いようだが(ある種の法則があるようだ、パラメーターは空気体積、近く公表?・・・・・)それでも80~90デシベルの音量は生活音より大きい。それを下回る音では音楽的感動は得にくくなる
・・・・・・・小さい音でも十分楽しめると反論される方もいらっしゃると思うが、それは想像力豊かな方であってイメージで補って楽しめる方なのである。実は音楽家は意外にもプアーなオーディオで満足されてる方が多い(・・・失礼)。もちろんきき方の違いがあると思うが楽譜が頭に自動的に浮かぶぐらいであれば、限られた情報量であっても人一倍再現情報はおおきいのだ。
一方・・・・・・・音量を下げなければならない習慣に慣れてしまっているという方もいらっしゃる。イメージで補える?ということもあるかもしれないが、生理的・肉体的感動受容という概念があるとすれば、音楽感動欠落環境といえるだろう。
大きい音は多くの場合、他人(家人も含めて)に迷惑をかけることになり、いわゆる防音工事が必要になることがあるが、しないで済むにこしたことはない。
再生音が見違えるほど良くなるのである。鳴らないスピーカーが水を得た魚のように甦るのである。
もっとも適切な部屋の形が設計されているのであれば・・・・・・・という但し書きがつく。適切でなければ却って取り返しのつかないひどいことになる。部屋の定在波の分布が偏在するような形の部屋の場合は、低音の素直さがなく、不自然で部屋そのものを意識する様な鳴りかたになる。これらは低音域に現象するので気づきにくいが、ひとたび気づくと生理的拒否反応を起こす人が多い。
逆に低音が自然な部屋は、中高音まで素直に響く。残響の多い、少ないはあるが一応に違和感のないきれいな音になるのである。
実はすべて楽音は低音から高音までのスペクトラルエネルギーを発している(基音以外に広範なエネルギー分布があり高音の多くはいわるる倍音である)。
オーディオでは低音を良くすると中高音域の音まで改善される(・・・逆もまたしかり)ということが言われるが、部屋の固有振動・定在波(定在波は低音域では測定しやすいので低音のことを指すと一般的には思われている)が、中高音にかけて無数にあって低音の波とは密接な関係性があることは理論的に明白なのである。
部屋のプロポーションを適切な比率にすると、部屋の響きが自然で部屋をあまり意識しない響きの部屋になり、スタジオから音楽室まで例外なく高評価をいただいてる理由だと考えている。
簡単なセッティングでスピーカーが消え?ステレオ音場が出現するのである。
しかも試聴位置も広く、部屋の隅であっても音のバランス・印象はそれほど変わらないのである。
それをステレオ再生インフラ整備と称している。
しかも
それ自体は直接コストがUPすることではない、音響設計・建築設計の領域なのである。
雑誌ガウディオの夏号の記事をご参照あれ。
Gaudio031_2

(クリックすると拡大表示します)
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